【旅日記】2026年4月13日 急ぎ足ジャカルタ1泊3日 ( プライベート )

日本大使館に急ぎの用事ができたので、ジャカルタに行ってきました。予定外の旅だったので、ミニマム予算かつミニマム日程で。
でも「せっかく行くならジャカルタらしさを感じたい。旅として楽しみたい」という思いを捨てきれず。ホテルは中央ジャカルタのど真ん中にあり、バタヴィア時代を感じられるコロニアル建築のプチホテルに泊まり、ジャカルタの伝説的食堂めぐりと定番観光をちょろっとしてきました。

4月13日(月)
ボロブドゥールの最寄りバスターミナルであるマグラン市のティダールバスターミナルからSinar Jaya社の寝台バスで出発。バス代はRp 350,000。” 寝台 “ってつくと旅情が漂っていい!年甲斐もなくウキウキしながら乗り込むと、思っていたよりもデラックス。上下に2台、カーテンを閉めれば完全個室で、172cmのパートナーでも足を伸ばせるほど広々。全22席。USBポートやスクリーン、読書灯、ブランケットあり。ただ、「インドネシアだなー」と思ったのは、車内Wifiはないので自分のネットワークを使用すること ( そしてスクリーンのタッチパネルがきちんと作動しないので、どうやって接続できるのか不明 )、USBポートも電気系統の問題なのか充電器を挿しても充電できず…。車内はWCあり、寒いくらいに冷房ガンガン。
きちんと点呼があり、全員乗っていることを確認してから定刻にバスターミナルを出発。ちなみにドライバーさんやバス会社の人はインドネシア語のみでした。信号待ちの間にドライバーさんが路上の食堂でごはんを買うのはご愛嬌。
深夜23:30ごろに1回休憩。食事が含まれているようで、だだっ広いバス専用食堂でナシ・ラメスまたはソトの好きな方を。ここでもインドネシアらしいなと思ったのは、出発時間がないこと。食べ終わったら三々五々バスの周辺に集まりドライバーさんが戻ってくるのを待ち ( ドライバーさんはドライバー専用の場所で休憩しているようで、その間、バスは鍵が閉められる )、みんな揃ったら出発。これ、人数が少なく深夜だからこうなのかなー?

4月14日(火)
5:45ごろ、東ジャカルタのプロ・グバンターミナル到着。到着前にドライバーさんが「降りる人は準備してねー」と軽ーく言うだけ(笑)。カーテンを開けるとターミナルの中にいたオンデル・オンデルと目が合った。6:20ジャカルタのタンジュン・プリオクバスターミナルにスケジュールから20分遅れで到着。さっきのプロ・グバンの方はシュッとした感じだったけど、こちらは砂埃が眩しい朝の光のなかを舞い、いろんな人が行き交ういかにもアジアな混沌とした雰囲気で、暗澹とワクワクがミックスされた気分になる。パートナーが人を掻き分け掻き分け、迎えに来てくれたジャカルタの友人を探し当てて、いざジャカルタでの1日始まらん。
まずは中央ジャカルタに向かいます。大型コンテナが積み上げられ、トラックが走り、バラックやテントがずらりと並ぶ光景を見ながら進むにつれ、少しずつ大都会ジャカルタの顔になっていく。スタジアムが見え、高速道路のぶっとい柱脚や車の窓からは天辺が見えない高層ビルが見えてくる。4,200万人が住むメガシティ ジャカルタ。
朝ごはんはBubur Kwang Tungで中華粥。ピンクオレンジ色のえび粥も生姜が効いた白身魚のお粥もうまし。ただ、わたしにはレストランそのものがキレイすぎた(笑)。“ 伝説的 ”食堂と評判な店には昔ながらの雰囲気も求めたいわたしにとっては味と同じくらい情緒が欲しい。これを店の前に置いてある駐車場係の人のプラスチック椅子に座って、道ゆく人を見ながら食べられたらもっとよかった(笑)。
朝食の後は、大使館へ。ジャカルタの一等地に鎮座する立派な建物に、バスで寝起きしてから櫛すら通していない髪とすっぴんでお邪魔します。今回のは即日発行してもらえる書類で、入館後すぐに申請し、10分弱で発行してくれました。大使館前で車を待つ間、見るともなく街を見ていると、「ここはわたしが見慣れているボロブドゥールやジョグジャカルタと同じ国なのだろうか?」と思えてくる。MRTの出口、ワイシャツにビジネスリュックの勤め人、等間隔で植えられた街路樹、コーヒー片手に歩くインターナショナルなグループ、雑誌から出てきたかのような洗練された服装のカールヘアの女性。ジャカルタでどんな生活をしているのか、何を思っているのか知りたくて、インタビューしたくなる。郵便局で大使館で受け取った書類を日本に郵送手続きをしたあと(たった3枚の書類を送るだけでRp 401,500!)、エネルギーがあり余り騒ぎだした子どもたちを落ち着かせるため、グランド・インドネシアの中にあるプレイグラウンドへ。保護者スペースで3時間仕事。
お昼は意見が割れてしまったので、まずはパートナーと運転手として同行してくれている友人と長男が Kedai Zainal Fanani 1967 Kebon Kacang VIIIでナシ・ウドゥックアヤム・ゴレン。パートナーはお持ち帰りするほどおいしかったよう。次に、わたしと次男が Soto Betawi H. Ma’rufでソト・ブタウィとラクサ・ブタウィ。わたしはラクサをいただいたのですが、さっぱり味でじゃがいもとロントンが入っていました。
15:00すぎに今夜の宿 Ruang 16にチェックイン。コロニアル時代の建物を使っているプチホテル。松任谷由美さんの『スラバヤ通りの妹へ』のスラバヤ通りにあり、目の前にはアンティークショップがずらりと並びます。子どもたちがプールで遊んでいるあいだ、プールサイドで仕事。パラパラと雨が降ってきて、あ〜あと思っている間に暗くなってしまい、アンティークショップも閉まってしまいました。ジャカルタ土産に何か良いものがあれば買いたいなと思っていたので、残念… ( いや、むしろ散財せずにすんでよかったのか。パートナーはほっとした顔してたな )。
夜ごはん用にいくつかホテル周辺のカフェや食堂をチェックしていたのですが、子どもが寝て、パートナーが寝て、と足並みが揃わず、21:00ごろに遅い昼寝から目覚めた長男を連れて歩いて行ける範囲でやっているお店を探しに。しっとりとした静かな往来を、仄暗い街灯に照らされた街路樹の下を歩いていると若かりしころの金子光晴がバタヴィアで見たのもこんな一幕だったのかもと思えてくる。たしか、街路樹から蝙蝠が落とされたエピソードが書かれていたような。結局、路上のカキリマ ( という手押し車 ) でナシ・ゴレンをテイクアウトし、プールサイドで遅めの夕食。「どうせなら、ここでしか食べられない何かを食べたかったなー」とちょっと心にしこりがありながら頬張ったナシ・ゴレンがピリッと辛くて、悔しいけど美味しいんだな、これが。

4月15日(水)
5:00には起きて一人で散歩の時間をとるつもりが大寝坊。起きたら7:00。とにかくコーヒーが飲みたくて、Bakoel Koffie Cikiniへ。曰く、インドネシアで一番古いコーヒーロースターで、今は4代目が率いる150年の歴史を誇るコーヒー店。中は、オランダコロニアル + ジャワ文化 + ビンテージ、店内にはこれでもかと大音量でアメリカンジャズがかかり、店員さんのシンプルな制服にまでこだわりが感じられました。ファイヤーキングのカップで飲むブラックコーヒーはきちんと熱く、おいしい。このカフェで、このコーヒーで1日を始めるのはとても良いスタートでした ( でも実際は、急にパートナーが人と会うことになったので、秒でコーヒを飲み干し、わたしだけ部屋に戻り荷造りしてチェックアウト。汗だくになってカフェに戻り、子どもたちが残していたアイスココアを飲み、バタバタと店を後にしました。本当はホテルに戻って、アンティーク店をぶらぶらするつもりだったのに、残念 )。
その後は人に会うために西ジャカルタに行き、その方に昼食をご馳走になり、まだ時間があったので中央ジャカルタに戻り、子どもたちに首都ジャカルタを見てもらうためにちょっと観光。まずはモナス。残念ながら、塔の上はメンテナンス中登れず…。駐車場近くのお土産屋でオンデル・オンデルの人形とモナスのキーホルダーをゲット。なんでかこういうチープなご当地ものがジャワに来て好きになったんですよね。その後はイスティクラルモスクとカテドラル。イスティクラルは外国人向けの館内ツアーに参加しました。重厚な趣のカテドラルも、大理石で造られたモダンな雰囲気のイスティクラルも、どちらも存在感抜群、ジャカルタのシンボルとなるのがよくわかる。教会でもモスクでもお祈りに来ている人たちがいました。祈りというのはどの宗教であってもシンプルに美しいものですね。モスクでは爆睡している人あり、くつろいでいるネコありとなんともインドネシアらしい一面もみられて面白い。
帰りはガンビール駅から17:00発の列車に乗りました。16:45ごろにホームに上がるとすでに入線していました。エグゼクティブ席 Rp 640,000。定刻運行、車内は清潔だし涼しいし、座席は広々。食堂車のソファがバティック柄!ジョグジャカルタまで行かずに手前のクトアルジョで降り、真夜中の山道を車で飛ばして23:55にボロブドゥールの自宅に辿り着きました。


久しぶりのジャカルタ。
常に大型の工事がいたるところで行われ、増殖・変化を続ける街。決して止まることのないメトロポリタン。きらきらひかる高層ビルの足下には、崩れ落ちそうな小屋が這いつくばっている。成功と失敗、富と貧、光と陰のコントラストが強い街。
「ジャカルタは見るべきものが何もない」なんて誰が言った!?わたしのGoogleマップは  ” Want to Go ” フラッグだらけ。古くから港町として栄え、オランダ時代に総督府が置かれた町に何もないわけないじゃない!いつかジャカルタの片隅で部屋を借りて暮らしながら、行きたいところを虱潰しに訪れるのがわたしの目標。きっと1ヶ月では足りないだろうな。待っててよ、ジャカルタ。今はまだお上りさん。でもわたしはいつか「ジャカルタを知っている」と言えるようになるまで隅々まで歩きたい。